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映画好きにとって人それぞれの”マイ・モスト・フェイバリット”が存在すると思うけれど、自分にとって一番大きく影響を残した唯一無二の作品は「ニューシネマパラダイス」です。
日本公開は89年12月15日。銀座シネスイッチとシネスイッチ本牧の2館でスタートした”単館上映”形態での史上最大のヒット作品で、約1年、40週間のロングヒットとなりました。

自分が出会ったのは翌年90年の春でした。
最初の感想は「感動」とはまったくの無縁で、胸に湧き上がるモヤモヤを晴らすためにリピーターとなりました。平均すると毎週見た勘定になるほど劇場に通いました。
言語で理解したい願望はNHKの”イタリア語口座”を毎日チェックする行動につながり、ヒットにあやかり企画されたJTBのロケ地ツアーには予算を度外視して申し込むほど熱狂。(結局、定員割れでツアーは中止になった。)

いまだ未踏の地であるロケ地は死ぬまでには訪れたい、人生をかけた夢になっている。
(ローマのロケ地は来訪済みだけど、やっぱりシチリアを見てから死にたいモンです。)
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はてさて前置きが長くなりました。

ディープなマニアには存在を知られているニューシネマパラダイスのバージョン違い。
一般的には最初に公開された123分の作品と、一年後に公開された完全版の2種類があるとのが有名です。

しかし、アスミック・エースから発売された15周年記念版DVDのコメンタリーによれば、監督がハサミを入れたのは3回で3つのバージョンがあることが語られています。

version-0◆映画祭版89年175分。91年「完全版」として復元
映画祭にあわせるために駆け足で編集された、とりあえずの完成版。国際版のヒットに応え、ロングバージョンとして復元された「完全版」はこの編集を使用したもの。


version-1◆イタリア劇場版=未ソフト化※89年157分と推測
映画祭の後に吟味して完成させたイタリア国内で上映された劇場版。監督いわく2時間半程度の尺と証言されている。
初の完成版だが、イタリア国内で評論家の大不評を買う。劇場でかかったのは3日(報道によっては一週間)で打ち切られたという前代未聞の興行的失敗作。


version-2◆国際版=世界的に配給されてヒットした版、89年123分
長い尺では劇場にかけにくいという配給側のリクエストから、海外用にさらにハサミを入れた作品。上記2つの編集とは一線を画す構成。監督の大英断でラストに近いシークエンスがバッサリとなくなった。製作者クリスタルディはカットに反対だったが、トルナトーレは編集を買って出た。出番がなくなったブリジット・フォッセーには直接謝りに行ったらしい。
老年トトが追想をするショットがたびたび挿入され、推敲を重ねた配分が見事。



詳しい作品の中身についてはいずれ書くとして、大枠で3バージョンあるこの作品で、唯一ソフト化されていない「イタリア劇場版」は幻の作品だったのです。

自分は海外旅行のたびに各国の「ニューシネマパラダイス」のソフトを購入して帰ってきているのですが、92年ごろイタリアで購入したソフトを改めて見返すと157分の表示。買ってから10年以上経って気づきました。

海外ソフトに手を出している人ならば常識ですが海外ビデオはPAL、SECAM、MESECAM、などDVDのリージョンとはまた別問題で再生方式が異なります。これはカラーテレビの放送形態の差で、もしそれらの違う形式のビデオを見ようと思ったら、高いマルチデッキを購入するか、これまたピンキリでお値段様々な変換サービスを利用してダビングするしかありません。

最長版と最短版を見ていても、監督が何をもってして完成としたか興味は尽きません。イタリア劇場版を知ってから2年、変換しなければいけないと思い続けていたビデオを、やっと、やーっと変換しました。

変換だけで7000円かけた結果、これがなんとも…。

「あるのは幻だけよ。」
トトのお母さんが言う台詞を思い出す結果が詰まっていました。
アルフレードが残したフィルムの缶には何が入っていたのか、それに似た気持ちで紐解いた157分版ビデオ……。

さて真相の前に他のバージョン違いをざっと紹介。


■他にもあるバージョン違い■
version-2F◆国際版フランス亜種89年124分
日本の劇場では”国際版”がかけられていたのに最初にビデオソフトになったのはこの版。クレジットが全てフランス語表記でタイトルロゴも異なり「NUOVO」がない。
劇場のライオン型映写窓のシークエンスにMGM映画のライオンが登場するなど、少々長く、それらのシーンは他の版には挿入されていない。
最大の差であり、欠点はエンドクレジットに老エレナが登場しない点。伊仏合作映画だったためにマスターのクローンに差が出てしまったらしい。


version-0R◆完全版=映画祭版の復元91年175分
世界的ヒットに合わせて復元。コマ飛びが多数あり、オリジナルに直接ハサミが入れられていたことが伺える。逆に言えば、当時既にマスターは切られた後で、存在していなかったことが分かる。国際版以外のショット切れ目でもコマ飛びするのでそこがイタリア劇場版の切れ目と推測できる。


version-0M◆12周年記念完全版2001年リニューアル175分アメリカ、ミラマックス社が12周年を期に作成、全米公開したリニューアルバージョン。モノラルだった音声が5.1chサラウンドになった。

version-2M◆12周年記念国際版2001年リニューアル123分
アメリカ・リニューアル版の後に発生した亜種。ラストのキスシーンのフィルムは白黒。
またもやエンドクレジットには老エレナなし。




結論から言えば画像にかかげたビデオパッケージの中身はversion-0R完全版でした。
そう、考えてみれば91年に完全版を作ったときに、既に映画祭版のマスターがなくて、もう一度つなぎ合わせているのでした。
制作費が極限まで切り詰められ同録(撮影現場での録音)すら行わず、全てアフレコ処理になっている本作品は国際的な評価を受ける前は切り詰めた現場で製作され、バージョン違いを複製保存する予算すらとられていなかったのです。

もし、version-1のイタリア劇場版を見たいと思ったら、存在すら微妙な資料を発掘して、更に復元作業を行わないと見ることが出来ないようです。

『みんな元気』で来日したジュゼッペ・トルナトーレ監督は「ニューシネマパラダイスはイタリアでだけ長いビデオで出ています。」と言っていた。おそらく、映画祭版を復元した完全版を指していたようです。本格的な世界公開を前にソフト化されていたとは考えにくく、ソフトが出る頃には”イタリア劇場版”はそもそも抹殺された後だったのかもしれません。記録として残った尺がパッケージに名残として表示され続けていたのが今回の真相のようです。
海外のビデオになれた人ならパッケージ尺表示がいい加減なことを体感することも多いでしょう。今回のこの表示もそれだったのです。
大ギャフン。

夢の箱は時にして開封しない方が夢を見続けることが出来る良い例かもしれません。
数年間夢想し続け楽しかったですが、ブラックボックスの中身がこんな結果だったとは、脱力です。

まるで遺品のフィルムの缶を開けたら、中身がなかった気分です。
……ある意味これも不良品の一種!?